2025年テスト・リハーサル

2025春CFC/セトイチ Day-21:半島ライドと特攻隊史跡

5月17日土曜日

今日は丸亀市内の快活CLUBに宿泊予定です。

ただ、観音寺から真っすぐ行くとあっという間に着いてしまうので、途中で荘内半島を回ったりするつもりです。

行程概略

  • 6時
    起床

  • 9時半過ぎ
    撤収作業開始

  • 13時過ぎ
    出発
  • 14時半ごろ
    昼食

    父母ヶ浜のDaily

  • 16時半ごろ
    荘内半島先端に到着

  • 19時前
    丸亀城に到着
  • 19:15
    風呂

    丸亀ぽかぽか温泉

  • 20:30
    調達

    マルナカ土器店

  • 20:41
    快活CLUBにチェックイン

    丸亀店

  • 24時ごろ?
    就寝

    寝落ち

距離-高度
時刻-高度
一日のデータ
  • 走行距離:61.82km
  • 登坂高度:379m
  • 下降高度:386m
  • 費用:4,808円
    • デイリーヤマザキ 三豊仁尾町店/1,262円
      • おにぎり×3、お茶×2、マイチキ、ジュース、レジ袋
    • ローソン 三豊詫間駅前店/582円
      • タバコ、缶コーヒー
    • 丸亀ぽかぽか温泉/680円
      • 入浴料
    • マルナカ 土器店/1,784円
      • ビール類×6、アテ、レジ袋×2
    • 快活CLUB 丸亀店/500円
      • 洗濯・乾燥

出発まで

6時に起床。相変わらず雨は降り続いている。

撤収には時間がかかりそうやな~ってことで、とりあえず朝イチ時点でのバッテリー残量をチェック。

モバイルバッテリー2つが空になっているが、100Plusがほぼ満タンなので安心感がある。

5月17日 朝時点でのバッテリー残量
  • Jackery 100 Plus:98%
  • ELECOM モバイルバッテリー 20,000mAh:空っぽ
  • ELECOM NESTOUT OUTDOOR BATTERY 15,000mAh:空っぽ
  • ヘッドランプのバッテリー:それなりに消費しているはず
  • 単4充電池:8本とも満タン
  • GoProのバッテリー(3つ):全て満タン
  • SHOKZ OPENRUN(開放型イヤホン):満タン
  • JVC KENWOOD Victor(ツーピースイヤホン):ほぼ満タン
  • GOAL ZERO(3つ):満タン、ランプ1/4点灯、故障(?)
  • 自転車ライト(フロント、リア):ほぼ満タンのはず
  • サイコン:目盛り2/3
  • スマホ:86%
  • iPad:63%
  • iPhone:47%

天気予報を見ると9〜10時ごろに小雨になるor雨が止むらしいので、それまでファイル移行作業をすることにした。

今回はGoProのmicroSDからスマホのmicroSDへの移行で、内容は5月8日分のファイル。

実はうすうす思っていることなのだが、今使っているSDカードリーダーはmicroSDと普通のSDを両方挿せるタイプなので、大容量のSDカードを買ってきてmicroSD→SDという移行をしてやれば、わざわざSSDに移す作業は要らないのでは……?

ただ、(お高いお高い1TB SSDを買ったのだから使わないと……)という謎の意地(貧乏性)に基づき、今回の旅では少なくともSSDがいっぱいになるまでは、この二度手間感の激しい手法を続けるつもりである。

非合理この上ないことだが、そんなことを言い出したらこの旅そのものが非合理だとの誹りを免れないので、合理とかどうでもいいんだよ!(ただの言い訳)

◇◇◇

閑話休題。

やることが無くなって暇になった。

ので、幕内でコーヒーを淹れて朝食を食べつつアポカリプスホテル#5・6を視聴。

#6のハルマゲさんが気に入りました。笑

アニメ視てたら、いつの間にか雨が止んでた。

ということで9時半過ぎから撤収作業を開始。ファイル移行作業も一区切りついたところなのでちょうど良いタイミングだった。

今治のダイソーで買ったちっちゃなピクニックシートを地面に広げ、その上にテント内の物品を放り出す。

パニアバッグにしまえる道具はしまっていく。

それからテントのフライを引っぺがし、いい感じの遊具に掛けて天日干し。

子供ちゃんたちがいたらさすがにそんなことはやらないが、1人もいなかったし最後まで1人も来なかったので助かった。

それからインナー&ポールをフットプリントから外し、中のホコリをポンポンしてからひっくり返してインナーフロアを天日干し。

ドッロドロになっているフットプリントは、ホース付きの蛇口があったのでそこで洗い流して天日干し。

そう、天日干し。なんと、まさかまさかでお日様が差し始めたのだ!

ぐずついた一日になると思っていたので、これは意外だった。

(結構キツめの日差しでなかなか暑かった)

(もちろんソーラーパネルを展開した)

その他、ドッロドロになっているクーラーボックスとか、ドッロドロになっているコンテナボックスとか、ドッロドロになっている三脚+セルフィーとかを洗ったり、底部がビショビショになってしまっている収納バッグ類を干したり、乾いたパニアバッグの表面の砂をコンパクト箒で払い落としたり、「すごいね〜」と話しかけてきた中国人?の夫婦?親子?と雑談したり。

作業後には場内の撮影を行い、ようやくキャンプ場を発ったのは13時を少し回る頃になってしまった。

ライド

父母ヶ浜へ

キャンプ場を出発し、まずは「父母ヶ浜ちちぶがはま」を目指す。

ここは昨日、マリンパーク新居浜でカメラ好きなおっちゃんがオススメしてくれた場所。

なんでも干潮がものすごくて、まるで干拓地のようになるのだそうだ。

その道中では、オーシャンビューライドがチラホラ。

14:20ごろ、「大滝洞門」手前にて
水きれ~!

父母ヶ浜には14時半ごろに到着。

残念ながら干潮ではなく(タイドグラフによれば下げ始めくらいだった)、昨日の一の宮公園到着時のような光景を見ることは叶わなかった。

ちょうどデイリーがあったので、ここで昼食とした。おにぎり3個を食す。

荘内半島西岸をライド!

たまには岬でも走るか〜ということで、荘内半島の先端付近、詫間たくま町へとタイヤを向けた。

ここは、昨日のカメラのおっちゃんが「浦島太郎がどうの」と言っていた場所である。

今日の宿泊予定地に直で向かうと早く着きすぎるし、この岬を走るとたぶんちょうどいいくらいに着くだろうということもあってこのルートを選んだ。

アップダウンがいくつもあるけれど、それほどキツいものではなさそうだし、まぁたまにはこういう楽しみ方もアリだろう、と。

結論から言うと、これくらいならばアップダウンもしんどいけれど楽しいものだと思った。

斜度は最大でも8%くらいだったので降りずに漕ぐことができたし満足。

登りと下りのオンパレードにwkdkしたり、オーシャンビューを楽しんだり、鳥の囀りに耳を傾けたり、すぐ曇るサングラスに舌打ちしたり、上り坂でヘルメットに追随してくるアブっぽい羽虫と格闘したり、道ゆく人の「⁈」という反応にニヤニヤしたりしながら歩を……ではなく車輪を進めた。

そうして16時半前に半島の先端にある「箱崎公園」に到着したのだが、なーんにもない! ただの漁港やこれ!笑

ってことで軽く休憩してからすぐに出発しました。

お風呂まで

走り始めてすぐに、「浦島太郎の墓」なるものに遭遇したので立ち寄った。

写真は撮っていないのだが、浦島太郎って乙姫様と結婚してたんだっけ???とか思った。

その後はいい感じのキャンプ場を見かけたり、フラワーパーク綺麗やな〜とか思ったり。

半島の東岸はアップダウンが少なく、オーシャンビューをかなり楽しむことができた。水の透明度がすごかった。

また、途中で詫間たくまの特攻隊の史跡があったので数枚撮影した。

たまたま駐車場があったから、休憩しようと思って自転車を停めただけだったのだが。

こんなところからも沖縄戦に行ってたんやなぁ。

史跡 詫間海軍航空隊跡 神風特別攻撃隊出撃の地

全文を文字起こししておきます。(読みやすさのため、漢数字の変更と改行を適宜加えています)

詫間海軍航空隊跡

詫間海軍航空隊の建設は昭和16年11月に発表された。香田・和田内地域の突然の土地買収は住民にとって死活問題であった。また新浜に呉海軍軍需部詫間補給所が建設され、三地区で合計136戸(買収面積約37町歩)が立ち退くことになった。

移転にともなう労苦は筆舌に尽くし難いものであった。建設工事は呉海軍施設部が担当し、地元の勤労奉仕隊員を加えて官民一体で行われた。詫間空は昭和18年6月1日に開隊され、水上機の実用機教育を担当した。主要配備機は九四式水上偵察機、二式飛行艇等であり、各地から二千余名の兵員が着任し、連日猛訓練が展開された。

昭和19年9月、横浜海軍航空隊は沖縄攻防戦に備えて主力を詫間に移すことになった。この時点で、ここ詫間は大型飛行艇隊を擁する水上機の一大作戦基地になった。昭和20年4月25日、第五航空艦隊は決戦態勢を整えるために、全飛行艇部隊を統合して実戦部隊詫間海軍航空隊を編成した。詫間空配備の二式飛行艇は高速性能のうえ大型レーダーを装備しており、米軍戦闘機と死闘を繰り返しながら、終戦の日まで第五航空艦隊の目となって活躍した。銀河爆撃機で米軍機動部隊をウルシー泊地に強襲した第二次及び第三次丹作戦では、長駆進撃路の天候偵察や特攻機隊の誘導で活躍した。これら作戦で二式飛行艇27機と250名の精鋭を失った。

昭和20年2月16日、全小型機による特攻訓練の実施が発令された。詫間空では、水上偵察機による神風特別攻撃隊琴平水心隊を編成した。同時期、茨城県北浦・鹿島両海軍航空隊で編成された神風特別攻撃隊魁隊が詫間空に進出、両隊は猛訓練の後、鹿児島県指宿を前進基地として沖縄周辺の艦船に体当たり攻撃を敢行した。指宿では先行した整備員が発動機調整・燃料補給・爆弾装着等の整備に心血を注いだ上、断腸の思いで出撃を見送ったという。4月28日以降四次にわたる出撃で25機が米軍艦船に突入し57名の若者が沖縄の空に散華した。

これら詫間空の戦闘を強力に支援したのは、第十一海軍航空廠詫間工場である。昭和19年10月から詫間補給所の施設を利用して修理工場を建設し、基幹技術者に徴用工員・増川女子挺身隊員・女子年少工・観音寺商業と善通寺高女の動員学徒等を加えた約800名の陣容で、各種飛行機の修理に精根を尽くした。被弾破損した飛行機を一刻も早く飛ばそうと、必死の思いで業務に邁進した若い力が、二式飛行艇を決戦の空へ飛ばし続けたのである。

戦後五十有余年、詫間海軍航空隊跡地は国立電波高専と民間工場等に、十一空廠跡地は詫間中学校に転用され、わずかに水際四箇所のスベリと横穴式防空壕を残すのみとなっている。

我が国今日の繫栄は祖国の防衛に殉じた将兵や多くの人々の犠牲に負うことを銘記し、再び戦争の惨禍が起こることのないよう、恒久の平和を念願して、詫間海軍航空隊跡を詫間町の史跡に指定する。

平成12年(西暦2000年)11月
詫間町教育委員会

柵の向こうに広がっている工場などの建屋は、元は海軍航空隊の工廠だったというわけですね。

◇◇◇

18時半、丸亀市にIN。

GoogleMapを無視しながらひた走り、19時前に丸亀城に到着。

何枚か撮影する。

その数分後、「丸亀ぽかぽか温泉」に到着!

680円という価格にしては充実したお風呂で、かなり満足した。

周りにお風呂が多いから、価格競争で安くなっているのだろうか?

僕の地元なら1,000円くらいはとれると思う。

快活CLUB到着まで

20時前に風呂を出て、少しパッキングを修正して調達へ。今日もマルナカ。

出来合い品を買って、少し久々の快活CLUBへと漕ぎ漕ぎ。

20:40ごろに到着した。

就寝まで

今回も無事にフルフラットシートを確保。

荷物をブースに運び込み、自転車周りを整理してようやく一息ついたところで、充電前に現時点でのバッテリー残量をチェック。

ずっとソーラーパネルに挿していた15,000mAhのモバイルバッテリーが満タンになっているが、そのランプ表示は本当でござるか〜?

5月17日 快活CLUBでの充電前時点でのバッテリー残量
  • Jackery 100 Plus:60%
  • ELECOM モバイルバッテリー 20,000mAh:ランプ1/4点灯(実際にはほぼ空っぽ)
  • ELECOM NESTOUT OUTDOOR BATTERY 15,000mAh:ランプ5/5点灯(本当に満タンなのか?)
  • ヘッドランプのバッテリー:それなりに消費しているはず
  • 単4充電池:8本とも満タン
  • GoProのバッテリー(3つ):96%、72%、56%
  • SHOKZ OPENRUN(開放型イヤホン):60%
  • JVC KENWOOD Victor(ツーピースイヤホン):いくらか消費しているはず
  • GOAL ZERO(3つ):満タン、ランプ1/4点灯、故障(?)
  • 自転車ライト(フロント、リア):フロント0%、リア50%
  • サイコン:目盛り2/3
  • スマホ:55%
  • iPad:23%
  • iPhone:34%

充電を開始したのちに缶を傾けながら洗濯と乾燥。

ひと心地ついたところでこのブログを書き始め、日付が変わった現在は缶5本目でほろ酔いである。

アテは食べ切ったが、お腹もくちくなったので問題ナシ。

眠くなってきたので寝ますオヤスミ

学び・気づき

  • 半島ライド楽しい!
  • 詫間町にはかつて海軍工廠があり、特攻隊も出撃していた

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